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2005-04-07

ミニストップ最高=座るとこがあるから(もっと増えて~。)

外歩きの仕事をしているので、日々、トイレの心配が絶えない。

さんざん歩いた末、パンパンになった膀胱を抱え最寄りのコンビニエンスストアーにたどり着けば「トイレさえ行ければもう何もいらない」と、幸福にも似た気持ちになる。でもトイレの便座に座ったら「もうこんな仕事嫌」と立ち上がる気も起こらず、「トイレの消臭元」をぼーっと見つめてしまうのだ。ぶ厚い「引き上げろ紙」をつたって人工的な香りを放つ鮮やかで透明な液体の消臭・芳香剤は、コンビニのトイレに入るとかなりの確率で置かれている。綺麗なショッキングピンクだったり、紫のだったり。トイレで出会う消臭元が、疲れ切っている私の目にはきらきらとした特別な何かの「装置」に見える。

今、仕事の合間にこの原稿を書いている。誰も登って来やしない険しい里山の中腹の、名もない神社の鳥居の下にいる。付近にコンビニも公衆トイレもあるはずもなく、さきほどやむを得ず竹やぶの中で用を足した。昨日はシイタケ栽培の原木が放置してある資材置き場の奥で「した」。やむを得ず、と言いつつトイレットペーパーは持参していたので確信犯だ。象の死に場所探しみたいなこの行為、結構楽しいけれどやはり現代人の私にはトイレ付きのコンビニが必要だ。

普段からコンビニをはしごするくらい私はコンビニが好きだ。全国どこへ行っても同じ質のサービスが受けられ同じ商品が揃っているという点がコンビニの素晴らしさだと思うが、店それぞれの個性を見つけるのも楽しい。同じローソンでも店ごとに雑誌や総菜パンの品揃えが違うし、店員の感じが悪かったり、陳列棚の一部が何日経っても空っぽだとか、なんともだらしない雰囲気を醸し出しているコンビニもある。そんな店は雑誌の立ち読み用にだけ使って絶対にお金は落とさない。だけど生花の一輪挿しが手洗いにさりげなく飾ってある店ではつい財布の紐がゆるむ。

コンビニに置いてある雑誌ばかりを読み、コンビニでお昼を買い、コンビニに陳列された新商品をチェックし、暇つぶしに食玩のサンプルを眺め、コンビニのトイレで排泄する生活の中で、私はコンビニという水晶玉になんとなく映り込んでいるぎゅっと縮図化されたなんとなくの日本経済を見ているつもりなのだ。自分がどんな風に画一化されたつまんない人間になっていくのかが本当に楽しみである。
★2005.4「日々の新聞」より


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