2004-10-07
テレビのはなし①
失業したので、あまり外出もせず、穏やかな日々を送っている。テレビは一日中つけっ放しだ。
数年前、高次脳障害で寝たきりの父が、まだリビングの片隅にいた頃も、部屋のテレビは朝から深夜までフル稼動だった。四肢が固まり自由を奪われた父に、身内の者が与えられる娯楽といったらテレビぐらいしかなかったのだ。
ひどい精神障害の症状も見られた父だったが、なぜだかテレビにはまともな感覚で反応することがあったので、新聞の番組欄から父の琴線に触れそうな番組を選び、父に見せて(聴かせて)いた。選局に成功すると、父はテレビの音声を聴いてぷっと吹き出したり、大声を上げて泣いたりした。そんな時、父の住んでいる世界とこの世界が一瞬つながったような気がした。
テレビと父の間には理解を超えた現象もたびたび起こった。時間や場所の感覚、人の識別もあやふやな父なのに、複雑な筋書きのサスペンスドラマの結末に感極まって涙を流したり、外国語を知っているはずがないのに海外のコメディー映画の微妙な台詞の言い回しを聴いて笑ったりすることができた。
あの頃、うちのテレビは力を持っていた。巫女のような力を。
テレビから漏れる電磁波のシャワーを浴びていると、すぐにやって来る未来への緊張感が、もの悲しさと一緒に、少しだけ和らぐ。
★2004.10「日々の新聞」より
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