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2026-03-30

「遺書」は、いらない。

ようやく、2ndアルバムがリリースできそうな流れになってきた。
アルバムという形でまとめて出すか、1曲ずつリリースするかは未定だ。

エンジニアさんに曲を送り、反応が返ってくると、
「ああ、自分は今、ちゃんと音楽を作ろうとしている!」と認識できて、うれしくなる。

ここ数年、作りかけの曲がそのまま消えていくことが何度もあった。
曲はできているのに、放置してしまう。
誰に急かされるでもなく、締め切りもないから、自然と手が止まる。
手が止まっても、誰に責められることもない。

けれど、最近の世の中の動きを見ていて、急に恐怖を覚えた。
この先、今みたいな暮らしが当たり前に続くとは限らない。
電気も、時間も、今ほど自由に使えなくなる可能性がかなり高そうだ。

このまま人生が終わってしまったら不完全燃焼だ。
自分の魂は、浮かばれないだろう。

それで、少し火がついた、というのはある。

 

 

 

ふと思い立ち、昔、JUGEMブログで書いていた記事を、このHPにインポートした。

当時は、ほぼ毎日書いていた。
数年にわたってだ。
非公開にしたものも含めると、ざっくり2000記事くらいになると思う。

それらを「OYAYUBI」というカテゴリにまとめて公開しておいた。
ガラケーで、親指で、プチプチとブログを書いていたから。
ただ、記事に貼り付けていた画像の多くが、きれいに抜け落ちている。
画像ありきで成立していた記事も多いので、ところどころ意味不明なのはご愛敬、ということで。

「TATEMAE」は、このHPサイト立ち上げの時に、HPの中身がスカスカにならないようJUGEMブログから引っ越しさせた記事だ。

OYAYUBI

TATEMAE

今あらためて読むと、そんなに面白くはない。
吐き出さずに腹の内にしまっておけばいいのに…と言いたくなる内容、多々。

当時は、素人のブログやSNSの発言が知らないところまで広く拡散されて炎上する、ということ自体がまだ珍しかった。
ネットはもっと閉じた場所で、今よりもずっと好き放題に書けていた。

だからあの頃の私は、ほんとうに自分のためだけに言葉を綴っていたのだと思う。

ただ、途中から特定の読み手の存在を意識しはじめて、
そこから急に文章が雑で、つまらなくなっていく。
読み返すと、その変化がはっきりわかる。

ブログが原因でトラブルになり、仕事を失ったり、人との縁が切れたりしたこともあった。
今思えば、ただの未熟さだ。
単に、気弱な犬がキャンキャン吠えていたに過ぎない。

白黒をつけずにやり過ごすとか、角を立てずに済ませるとか、
そういう、大人の戦略的なたしなみが決定的に足りていなかった。

その点、今の私は損得勘定にまみれ、すっかり汚れてしまった。
言葉を選ぶ力だけは無駄に上がり、気がつけばグレーゾーンを愛する人間になっている。

 

 

過去の記事を読み返していると、「松本人志」の名前が高頻度で登場する。
どうやら私は、かなりの信者だったらしい。

「笑いの神」と本気で思っていた人が、ああいう形で転落していくなんて。
「ごっつええ感じ」が心の支えだった当時の自分に、いったい何と言ってやればいいのか。

ミソジニーとかホモソーシャルなんて言葉は、あの頃はほとんど浸透していなかったけれど、
そういう傾向のある人だという認識は、うっすらとあった。

それでも、ネガティブな面より、ダントツで芸の鋭さのほうが勝っていた。

そして本人が自著の「遺書」で語っていたように、
どこかのタイミングで、お笑いの世界からスパッと身を引く人だと思っていた。

孤高で、パンクな笑いを貫く人。
疑いもなく、そう信じていた。

別に、女性に恨まれない綺麗な遊び方をする男性だとは思っていなかったけれど、
ここまで○ズだとは思っていなかった。

清潔感のない、笑えないマッチョのおじさんになってしまい、
元信者の私は、ただ黙って、苦虫を噛んだ顔をしているしかない。

 

 


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