今年の夏も、ここは東南アジアか中東かと思うくらい灼熱だ。
秋の気配なんてまだ遠く、熱に晒された体がじっとりと重い。
庭に植えたパッションフルーツも、きゅうりも、トマトも、全部どこかしら不調で、天気のせいなのか輪作障害なのかもわからず、土壌改良用のたい肥や水やりをしながらおろおろしている。
植物ですら不調なんだから、私が絶好調なわけもない。
昨年末あたりから、身内の入退院や通院を中心に生活がまわっている。
身内の車送迎や、高齢犬の朝夕の散歩があるため半日以上の遠出が困難で、しばらく外房の自宅に戻れていない。
郵便物は転送してもらっているからどうにかなっているが、だんだんと、自分の身の置き場がわからなくなる。
私は、基本的に人の世話が嫌いではないのだろう。
(都合よくキレイな言葉を使うとヒーラー体質)
でもたぶん、人の世話が好きな本当の理由は、自分の見たくない部分に向き合うのをサボれるから。これだ!
気がつくと、際限なく尽くしてしまう。
相手の思惑や心境はともかく、精神医学的には、自分が芯から満たされることはないのだ。
結局のところ、共依存は、両者とも幸せにならない。
それをわかっているのに、つい過ちを犯す。
そろそろ念願の半自給自足な野菜生活をと、今年の春からを目標に、(スタジアムに通える距離の)自然豊かな極小物件をいくつかあたっていた。
願いの熱量が神様に届かなかったのか、計画は無期延期となり、数ヶ所のクリニックやスーパーと家を往復する日々である。
良くも悪くも毎回楽しみにしていた都内のライブ出演も、しばらくお休みせざるを得ない。
と、悲壮感めいた書き方をしているが、実際そんなこともなく。
私は庭の動植物の観察だけでお腹いっぱいになれる人間だ。
また、通販という神システムで、国内外津々浦々、出かけずともあらゆるものが届く。
しっかりクーラーの効いた部屋で過ごせたり、汗でべたついたらいつでもシャワーを浴びられる幸せ…何より、生まれてから今まで一度も戦火に追われていない奇跡を噛みしめている。
裏庭のビオトープの水質改善や物置の改修など、やりたいことが次々と出てくる。
音楽を聴く余裕がなくても、プロ野球の応援歌とチャンステーマだけは耳にこびりつく。
気づけば、長い曲に向き合う集中力が消えてしまい、頭の中は「打て!放て!」みたいな短くて単純で、何度も繰り返される強いフレーズに支配されている。
レコード、長いこと聴いていない。
DMで「〇〇(店名)のワゴンコーナーに今いいの出てるよ。早い者勝ち」と熱いメッセージをいただいても、おばさんはおじさんの善意に応えることができない。
経営者としては優秀でないため細収益ではあるが、なんのしがらみもないリモート完結の仕事が今の生活にとても助かっている。
そして遅延気味に、自己整理のために小説を書いている。
時々、DIYにいそしんでいる。
壁も棚も小物も塗装して、グレーのペンキばかりが増えていく。
似たような色なのに、名前が微妙に違っていて、スレートグレー、フレンチグレー、ペールグレー……
気づけば、私はグレーのペンキコレクター。
この数年で、プライベートの人との縁はほとんど切れてしまったけれど、それで良しと思っている。
塩対応でもなぜか切れない人、異常に口の堅い人を大事にしていきたい。
iPhoneには未送信の下書きメッセージがいくつも残っている。結局送ったのか、送らずそのままになっているのか、自分でも忘れている。
「ディズニーシー行こう」
「ZOZOマリンデートいつにする?」
楽しみにしていたはずなのに、もはや、行ける気もしない。
でも、そんな約束を記録に残しておくだけで、世界が広がったままキープされているような気がするから消さないでおく。また再会できる日まで。
今日も暑かった。
こんな日は、灼熱のロックステディを。
Desmond Dekker & The Aces「007 (Shanty Town)」。
映画『ビバリウム』で流れていたあの曲。湿った熱気と閉塞感の中で、ロックステディの揺れが心地よく足裏に響く。
夏に聴くと、じわじわと体温を奪うようで、逆に火照らせるような、不思議な熱を持った曲。
Dekkerは、派手なスターというよりも、食えなくてもしたたかに生き抜く庶民の声を歌い続けた人、という認識。
そのしぶとさがあるから、今聴いてもただの古い音楽じゃなく自分に響いてくる。
そんなこんなで、
床もグレー壁も天井もグレーな部屋に私はいて、秋が来るのを待っている。
きっと、あっさりやってきて、急に寒くなる。











