台北のレコード屋さんつれづれ。

 

 

台北へ旅してきた。

旅写真は、こちらからどうぞ。→TAIPEI①

まず、レコード探索記を先にまとめておこう。

帰りの飛行機の出発時間が早朝だったので、最終日は台北駅前の空港行シャトルバスターミナルそばのカプセルホテルに泊まった。
旅に出る前、台北駅周辺でレコード探索をした人のブログをたまたま見つけた。それで私も旅の最終日の夜はレコード探索をしてみようと決めていた。

ホテルのチェックインを済ませ、荷物を置いてから、駅前の大通りを一本入ったにぎやかな「許昌街」という通りをぶらぶら歩く。

 

 

「再生工場二手雜貨鋪 站前店」。
「二手」って、たぶん中古という意味なのだろう。
ちなみにアナログレコードは「黑膠唱片」と書くようだ。

 

HARD OFFによく似た雰囲気のこじんまりしたリサイクルショップだ。
CDのほかに、生活雑貨なども。
レコードコーナーは、写真のようになかなかのボリューム。
CDの品揃えは日本盤がほとんどで、地元HARD OFFのCDコーナーと内容さほど変わらず。

 

 

床の段ボール内にもジャンクレコードがたくさん。ほとんど38元(日本円で115円くらい)。
半日くらいかけないと、ひととおりチェックし切れなそうな量だった。
品揃えは、洋楽も含め「台湾盤」が多く、初めて見るものばかりで興味をそそられた。
台湾盤のジャケットは薄い紙とビニールでできていて、質感は大変にチープ。盤も薄め。
私はレコードマニアではないので、こういう時何を探したら良いかよくわからない。
でもせっかく台湾に来たのだからと、台湾の民族音楽、大衆音楽ものを中心に手頃な盤を探した。

 

 

どこにも「中森明菜」という表記がない。裏面には聖子ちゃんが。

 

 

「鄕村排行」は「カントリー」という意味なのだろう。

 

 

洋楽レコードは大量にあった。もっと探せば面白いのが見つかったと思う。

 

 

台湾、中国の歌謡物コーナーもあり。

 

 

これ持ってるわ。

 

 

 

 

 

 

熱心にレコード探しをしていたら、若い男性店員が片言の英語で話しかけてきた。
遅い時間だったので閉店を知らせにきたのかと思ったら、違う様子。
店員は一旦店の奥に消えると、風呂椅子の高いのと低いの2脚を持って現れた。
上の棚は届かないだろうからこの椅子を踏み台に使ってください、ということのようだ。
そして店員さんはレジカウンターの脇に低いほうの風呂椅子を置き、目の前の小さな棚を笑顔で指さした。そこには日本盤の昭和歌謡レコードがびっしり。「日本のレコードいっぱいあるよ。風呂椅子に座ってまずはここのコーナーを探したら?」という親切心だった。
その棚は、まさに、HARD OFF的な、よく見慣れた品揃え。正直なところ私はあまりそのコーナーに興味はなかったので、数分間一生懸命探すふりをしてから風呂椅子2脚を抱え、また台湾盤のコーナーに戻った。
店員によると、最近は台湾の有名なアーティストもこの店にレコードを買いに来るのだそうだ。
笑顔の素敵な話し好きの店員だった。「この店をブログに書いて宣伝してもいいですか?」と聞いたら「どうぞどうぞ」とのお返事。ありがとう、また来ます。

 

↑再生工場二手雜貨鋪 站前店 (台北市中正區許昌街12號2F)

 

 

再生工場と同じ許昌街沿いのCDショップ「5大唱片」を覗いてみた。
店内BGMはGLOBE。

 

 

2Fに上がると、ちょっとだけレコードコーナーが。
ほとんど日本国内盤ではないか。
しかも、地元のやる気ないHARD OFFな品揃え&高めな金額。
買い付け先は、もしやHARD OFFだろうか。
松山千春や、オフコース、さだまさし、チューリップ、稲垣潤一、印旛晃、五輪真弓といったHARD OFF定番な面々が揃っている。

 

 

洋楽もあり。

 

 

シングル盤も置いてあった。日本の昭和歌謡がほとんど。

5大唱片
http://www.5music.com.tw/

 

 

 

同じく許昌街沿い。「大眾唱片」というCDショップを覗いた。

 

 

期待して店に入ったが、クラシックメインのCDショップのようで、アナログ盤は置いていないようだった。
しかしながら品揃えに凛としたこだわりが感じられ、ゆっくり見たら台湾少数民族ものなどの面白いCDが見つかりそうだった。
また、店内のオーディオ設備が素晴らしい。

大眾唱片許昌店
こちらのページが詳しい→http://www.tabitabi-taipei.com/html/data/10381.html

 

 

 

なんか臭う。
わくわくしながら階段を昇った。

 

 

うわ、残念。閉店した後だった。
(年中無休だが15:20~18:30までしか開いていないようなので注意)。

 

 

 

 

こちらのお店情報はまた次回に。

ここに書いたお店はすべて許昌街沿いなので、地図を見なくても、ぶらぶら歩いていればすぐ見つかるだろう。

 

 

再生工場で購入したレコード。

 

ジャケット原本をカラーコピーした紙にサランラップをかけて補強したみたいなジャケット。
音を再生してみたら、普通に素敵なポールサイモンだった。

 

 

昔の台湾歌謡もの。
ヒロシ&キーボーをさわやかにしたような。

 

 

こういうので台湾音楽のがないかなと探したものの、
それらしき盤は結構いい値段がついていたため断念。

 

 

中華系ムードもの。昔のスーパーでかかってそうな音色。
時々ドラの音やコオロギの鳴き声が入る。

 

 

台北1人旅の小さな楽しみをひとつ見つけた感じだが、レコードは意外と重いしかさばるのでLCC利用で荷物を機内持ち込み手荷物10kg以内で済ませたい場合は注意、ということを今回学んだ。

 

2回目の台北レコード探訪記はこちら→台北のレコード屋さんふたたび。

その他、台湾関連記事はこちらからどうぞ。

レコード関連記事はこちらから。


2016-04-21 | Posted in BLOG, TRAVEL, TAIWAN, RECORDSComments Closed 

TOKYO

 

来月出演する池袋ジャズフェスティバルのミーティングに出席。
倍率約2.5倍の難関を潜り抜けた。しかし、フェスのHPをもう少し今風にリニューアルお願いしたい。
Facebookの更新は頻繁だからきっとおじさんが運営しているのだろう。
「アヤトピア with エウロパ・ヒグ」で5/22(日)12:30~出演予定だ。
場所は、ルミネの前の、アイドルがイベントやりそうな自由通路。
駆け出しの頃のE-girlsか、全盛期後のDA PUMPの気持ちでがんばる。

熱いものがこみあげてくる。がんばろう、と思った。
TRIBEの方々ほどダンスがタイトでないのがまたイイ。
 

IMG_5670

歌舞伎町のカプセルホテル泊。バーコードで管理されていた。
周辺は昭和なラブホテルが乱立、人の出入りが生々しいが、普通のホテル感覚で利用している風な外国人観光客の姿も多かった。
ライブの帰り道、ラブホテル界隈をとぼとぼ歩いていたら、中東系の外国人にコールガールと間違われ、50mほどつきまとわれた。
「ワタシ、オカネアル、イッショニホテルハイリマセンカ、オネガイ、イタシマス」
私もカタコトの日本語で「ワタシ、ソレハ、ヤリマセンヨ」と繰り返し断る。
いい人そうだった。

それにしてもチェックアウト翌日のゴールデン街の火事はおどろいた。
泊まったカプセルホテルのすぐ近く。
簡易宿泊施設は常にリスキー。まさかの場合、蒸し焼きを覚悟。
前回、赤坂のカプセルホテルに泊まった時、下の階のテナントがボヤ騒ぎでしばらく入室できなかったことがあった。
チェックイン後もホテル内がガス臭く、ガス爆発するのではないかとヒヤヒヤだった。

 

歌舞伎町らしくない、ビーガン向けの洒落たハンバーガー屋さん発見。
AIN SOPH .rippleという、よくわからない名前の店。
たまたまだったのかもしれないが、お客さんのほとんどが外国人だった。
がっつり「肉」なハンバーガーが食べたくて入ったのに、まさかのビーガン向け。
英語表記だったので気づかなかった。
ハンバーグは大豆を肉っぽい風味に仕上げてある。
オーガニックな味でおいしかったがポテトとドリンクとあわせるとすごくお高い。

 

今の気分。

 

変なおじさんたち。

 

IMG_5546

明治神宮の天使。

 

 

 

 

 

肉バーガーリベンジしたくて表参道の「Teddy’s Bigger Burgers」へ。
ワイキキのカパフル通りのTeddy’s は、毎食ここでもいいってくらいおいしいくて大好き。値段も高すぎず、お勧めのバーガー屋さんだ。
表参道のこちらの店の味は、ワイキキと違い、パティの炭焼きの香ばしさがまったく出ていないようだった。炭焼きしていないのかも?ポテトも心なしかべちゃっとして、残念な感じだった。だけどリピートはありだ。そこまでひどくはない。
ハワイで食べるからこそおいしく感じるというのももちろんあるだろう。ハワイ、行きたい。


2016-04-13 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed 

Rikuzentakata.

 

陸前高田へお墓参りに行ってきた。

 

5年経って、ますます現実を受け止め切れなくなっている自覚あり。

数分で町が海に沈んだ。
そういう話は「月刊ムー」でしかお目にかからない遠い伝説だと思っていた。

震災の4ヶ月前に陸前高田を訪れた時、ここに立ち寄った。ちょうど地域振興のイベントが開催されていて、屋台や出店がたくさん並んでいた。歌や踊りのステージもあった。
その時の人の賑わいが鮮明に焼きついている。

 

 

高い防波堤で水平線が見えない。
クロマツを植林し直す予定はないのかな?
陸前高田はこれからどうなっていくのだろう。

 

 

防波堤の切れ目。

 

 

要谷の亡おじ邸前にて。
津波を免れた松田の親戚の家はこの家1軒のみ。
左の木のすぐ下まで浸水した。

 

 

じいちゃん  作画 by 父。
フリーターの先駆けだったらしい。植木職人がメインの仕事だったとか。
バカボンのパパみたいだ。

 

 

親戚の家を数件まわった。
震災が起きてから最近まで、実はそうとう大変だった、今だから言えるけど、という話を今になって親戚から聞いた。
親戚のほとんどは仮設を出て新しい家で暮らし始めているが、5年経ってもなお仮設住宅は高田のあちこちに点在している。
高田松原近くにあった親戚が経営していた「民宿 沼田屋」は現在米崎で営業を再開している。

http://numataya.3zoku.com/

沼田屋さんがどなたかから預かって持っていたという父の油彩を、額装し直して沼田屋さんに展示するため一旦お預かりすることにした。嘘みたいに状態が良い。作品が流されずに済んだのはラッキーなことだ。タイトルは「冬の海」。

 

陸前高田の、更地になった無人の町なかに、真新しい自民党のポスターの立て看板がポツポツと立てられていて、悪寒が走った。


2016-03-20 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed