盛岡、岩手レコその他つれづれ2018、夏。

すっかりUPするのを忘れていた。

 

所用で盛岡に行ったついでにレコード屋さんへ。

 

かゆいところに手が届く感じの、充実の品揃え。
その分、値段もしっかりめ。

 

 

財布に1000円札と小銭しか入ってなくて、許容範囲内で購入。
アナログでは持ってなかったライクーダー。

 

 

 

 

 

 

 

 

KENJIさん。
何度か「顔が似てる」と言われたことがある。

 

 

ちょうどお祭りの日で、参拝したら氏子(檀家?)の方にいただいた。
このお札を祀っておけば酒絡みのトラブルを避けられるだろうか。

 

 

盛岡の人気店らしく、店の前には行列が。
煙が充満して一酸化炭素中毒になりそうな換気のゆるい店内で食べる肉、おいしかった。

 

 

久しぶりに、陸前高田に墓参りに立ち寄った。
あらためて、陸前高田の津波被害の規模の甚大さを目の当たりにした。
町の機能が津波で根こそぎなくなってしまっている。
あちこちに盛られた黒い土、カーナビがあてにならない道路。
写真を撮るのも本当に申し訳ない心持ちだ。
そして、TVで見るのと実際に現地を見るのでは印象がまったく違う。

 

 

……かといって、積極的に現地に足を運ぶべきかというと、それもまたどうなのかと思う。
町全体が死亡事故現場だから。
ひたすら胸がつまる。

 

 

傷ついた土地のために自分にできることはなんだろう。
エゴになってはいけない。
亡くなった人々の気持ち、住んでいる人々の気持ち、その土地の歴史や想いが一番大事である。

↓陸前高田関連の過去記事は下をどうぞ。

 

RIKUZENTAKATA.MORIOKA.

 

Rikuzentakata.

 

 

 

陸前高田から埼玉に出稼ぎ中の従兄弟の要請で、従兄弟にもらったレコードコレクションの中から探し出すこと1時間。
↓従兄弟レコードコレクション詳細については、下の過去記事を参照のこと。

 

BLUEGRASSがやって来た。つれづれ。

 

 

発見。

 

 

発見。
アナログをデジタル化ののちCDに焼いて送って差し上げた。

 

 

ついでに見つけた、陸前高田のJAZZ喫茶ジョニーの企画制作盤。
聴いてみたらかっこ良かった。

 

 

こちらも同じくジョニーの企画制作盤。
つくづく思うのだが、CDよりレコードのほうが耐久性がある(私感)。

歴史を通過しながら何十年もの間、運良く破棄されずにようやく自分の手元に届いた音源は、有名無名問わず何かしら価値があるのではと思ってしまう。
アナログレコードのロマンである。

 

 

 

茂原の超巨大リサイクルショップ。
こんな店舗面積の広いリサイクルショップは初めてお目にかかった。
チラッと覗いたら、レコードあった。

 

 

値段も品揃えも、特にお得感は感じず。

 

 

台湾盤、あった。

 

 

 

読むところ多し。パラパラっと読む程度だが勉強になる。
Wilson & His Conbo、Apple Musicで見つけて聴いてみたら好きな感じだったので車でよく聴いている。

 

 

 

 

ロックT、あったので着てみた。
今は亡き阿部さんにいただいたT。

 

 

裾はINするべきだった。

 

 

引っ越しの時に捨てたと思っていたら奇跡の発見、阿部さんにもらったガチャピンT。
阿部さんに「これをお洒落に着こなしてみて」と言われたが、外で着たことは1度もなし。


2018-08-20 | Posted in BLOG, MUSIC, JAPAN, TRAVEL, RECORDSNo Comments » 

BLUEGRASSがやって来た。つれづれ。

なんだかんだで体調を崩しながらも、「眠ラヌ姫」MVの撮影準備に入っている。
この曲は複数の人が関わっているので、なるべく良い形でたくさんの人に聴いてもらいたい。
しかし自分の力を過信しないことだ。フィジカル、メンタル共に限界がある。

 

新しい曲を作り始めたが、今日中に完成させられず。
タイトルは「奈落の底」。
やはりギターがどうしても、、、上手く弾けない。

 

 

 


日曜日、陸前高田の従兄弟が出稼ぎ先の埼玉からうちにやって来た。
大量のレコードをトランクに積んで。

 

 

おどろいた。
ほとんどがブルーグラス、ディキシージャズ、カントリー、アイリッシュものだった。
レコードの状態良好。

 

 

未知のジャンルすぎて、どの盤から手をつけたらいいのか路頭に迷いそうだ。

 

 

 

4時間にわたり、レコードの試聴をしながら手ほどきを受けた。
カントリー、ブルーグラス界でヴァイオリンをヴァイオリンと言うのは恥ずかしい間違いだと今さら知った。
フィドルね。

 

 

ブルーグラスのフェス盤も多々。
「フェスの質にも程度があって、大したことないフェスもある」と従兄弟談。

 

 

あとで数えたら、350枚……、いや、もっとあった。

 

 

まったくわからないが、適当に引き抜いた盤をざっくりと並べて置く。
ドッグ・ワトソンという人物が大御所だというのはなんとなくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このあたりは星空は見えんのが?埼玉は星が見えねえのよ」
「いすみは星空キレイだよ。田舎だから。田舎からもっと田舎に引っ越してきちゃったみたい、あたし」
といった東北弁の会話がゆるゆると続き、なごんだ。
自分だけの趣味や楽しみを見つけ、黙々と1人で追及・研究する姿勢は松田家の人間の特徴かもしれない。
その趣味を外に向かって誇示しようとか、一旗あげようみたいな欲がそんなにないのも特徴の一つだ。
画家だった父も、下剋上精神でもっとギラギラしていたら生きているうちにもっと派手に有名になったかもしれない。
私は人前でわーっと歌ったりすることにいまだに違和感が拭えない。
都会と被災地での震災に関する温度差の件では、従兄弟と私はおどろくほど同じ感覚を持っていた。
そうか、従兄弟も私も被災地の地元を離れた者同士なんだわ、とその時初めて気づいた。
大震災の前の年に起きたチリ沖の津波を覚えている人はいるだろうか。
この津波が陸前高田の港町を襲い、結構な被害が出ていた。
従兄弟の家族の経営していた食品製造の事業所も製造用の機械が水に浸かり、大変な損害を受けた。
この時は保険がおりたのでなんとか立て直しができたが、翌年の大震災で致命的な被害に遭った。
会社の所有していた車4台は現在も見つかっていないとのこと。
しかし、2度目の被害となると保険はおりず、事業所を閉鎖するしかなくなったという。
陸前高田に仕事はなかったためまず京都へ出稼ぎに行き、タクシー運転手をしていた。
今は埼玉で仕事をしている。

自分の運命を受け入れ、試練にじっと耐え、楽しみを見出しながら静かに生きていくタイプなのだろう、私も従兄弟も。

今回譲ってもらったのは、奇跡的に津波から免れたレコードたち。
CD、DVDの類はぜんぶ流されてしまったという。
ちょっとずつ聴いていこうと思っている。
新しいターンテーブルを買おう。
質の良いスピーカーでブルーグラスの1950年代頃の名盤を聴いたら鳥肌が立ちそうである。

 


2017-05-22 | Posted in BLOG, MUSIC, RECORDSNo Comments » 

RIKUZENTAKATA.MORIOKA.

所用で陸前高田へ行ってきた。
確か、左のアパートに従兄弟の家族が住んでいた。
家族全員高台に避難して助かったが、逃げ遅れた人もたくさん。

 

 

うちの本家があった場所に立ち寄った。
当然、あとかたなし。

 

 

すぐ近くには造りかけの防波堤が。いろいろ考えさせられる。

 

 

長部漁港。

 

 

盛岡へ。
モランディ展を観た。かなり好きな部類の作家だ。
5/15、日曜美術館で元館長さんのモランディ解説があるそうです。

 

 

隣の公園の桜が満開だった。
ペットホテルに預けるのもアレなので、今回はベスも同伴。

 

 

被災犬の娘、4歳になりました。


2016-04-29 | Posted in BLOG, ART, JAPAN, TRAVELComments Closed 

Rikuzentakata.

 

陸前高田へお墓参りに行ってきた。

 

5年経って、ますます現実を受け止め切れなくなっている自覚あり。

数分で町が海に沈んだ。
そういう話は「月刊ムー」でしかお目にかからない遠い伝説だと思っていた。

震災の4ヶ月前に陸前高田を訪れた時、ここに立ち寄った。ちょうど地域振興のイベントが開催されていて、屋台や出店がたくさん並んでいた。歌や踊りのステージもあった。
その時の人の賑わいが鮮明に焼きついている。

 

 

高い防波堤で水平線が見えない。
クロマツを植林し直す予定はないのかな?
陸前高田はこれからどうなっていくのだろう。

 

 

防波堤の切れ目。

 

 

要谷の亡おじ邸前にて。
津波を免れた松田の親戚の家はこの家1軒のみ。
左の木のすぐ下まで浸水した。

 

 

じいちゃん  作画 by 父。
フリーターの先駆けだったらしい。植木職人がメインの仕事だったとか。
バカボンのパパみたいだ。

 

 

親戚の家を数件まわった。
震災が起きてから最近まで、実はそうとう大変だった、今だから言えるけど、という話を今になって親戚から聞いた。
親戚のほとんどは仮設を出て新しい家で暮らし始めているが、5年経ってもなお仮設住宅は高田のあちこちに点在している。
高田松原近くにあった親戚が経営していた「民宿 沼田屋」は現在米崎で営業を再開している。

http://numataya.3zoku.com/

沼田屋さんがどなたかから預かって持っていたという父の油彩を、額装し直して沼田屋さんに展示するため一旦お預かりすることにした。嘘みたいに状態が良い。作品が流されずに済んだのはラッキーなことだ。タイトルは「冬の海」。

 

陸前高田の、更地になった無人の町なかに、真新しい自民党のポスターの立て看板がポツポツと立てられていて、悪寒が走った。


2016-03-20 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed