TAIPEI②

写真は順不同。時系列ではありません。

 

迪化街。じゃなかった、赤峰街。
街の名前が淫靡で好きです。

 

永楽市場前。

 

慈聖宮小吃街。

 

廃墟化している建物。

 

三元號。サンユエンハオと呼ぶらしい。
人気店で、お昼時と夕方はとても混むようだ。

 

魯肉飯(リーローファン)。ご飯に染みた汁と甘く味付けされたそぼろ肉がめちゃめちゃおいしい。青菜もこれまた美味しすぎる。八角のむっとする香りも慣れるとクセになる。これで150円くらい。
食べることは嫌いではないのだが、食が細く、油っぽかったりちょっと異質なものを食べるとすぐに消化不良を起こすため、もちろん日本から胃薬整腸剤を持参して不測の事態に備えていた。台湾の屋台の食べ物はひどいという噂も耳にしていたので、ある程度覚悟はしていた。それでもファミレスやホテルのレストランみたいなところで食事するのはつまらないから避けよう、なるべく屋台で食事しよう、と臨んだ台北旅。
しかし、台北に着いた翌日あたりから「あれ?私、台湾の食べ物大丈夫みたい?」と気づき出す。大丈夫どころか、ものすごく美味しいではないか。「食べることが楽しい」という感覚は日本で味わったことがなかった。昼ご飯を食べ終えるとすぐに夕飯が楽しみすぎてわくわくしてしまう、この感覚。孤独にグルメ。

どうやら、この国の食べ物は意外にも自分に合うようだ。隠し味の漢方系のスパイスなどが、身体を元気にしてくれる実感があった。

 

寧夏夜市沿いの餃子専門店で食べた水餃子入り酸辣湯。日本円で180円くらい。高級な飲食店で食べなければフルコース200~300円以内で充分済んでしまう。富豪になった気分になる。

 

國立臺灣大學近くの「海邊的卡夫卡」。
村上春樹の大ファンであるオーナーが経営しているお店らしい。

 

店内インテリア、BGMも春樹テイストで、落ち着ける。
お客さんはコーヒーを飲みながら分厚い本やノートPCを広げて勉強中の大学生が多かった。台湾大学は超絶頭の良い大学だと聞いている。

 

70~80年代の日本の喫茶店みたいな、ゆったりした時間が流れる良い雰囲気のお店だった。

毎週末はライブイベントが行われているようだ。
YouTubeで見たが、かなりいい感じのアーティストがライブをしている。
私もここでライブしたい、と思った。お店と自分の音楽性との相性は良さげ(と勝手に思った)。

 

書籍スペースには面白そうな本がたくさん。
台湾語は中国語より画数の多い漢字だけで(良い意味で)ぞわぞわくる。
漢字一文字がひとつの「詩」になっている。
台湾語が読めたらいいな。

 

台電大楼駅近くの宗教施設。

 

中山駅近く。台北の隣の中山駅周辺は都会的で、割りと綺麗だ。
最終日の前夜、着替える服がなくなってしまい、この街のファストファッションの店で2枚500円のTシャツを買った。

 

重慶北路。この辺りは問屋街。通りには工事現場の資材の問屋が並んでいた。

 

MRT(地下鉄)。東京の地下鉄より綺麗で快適。
乗り方もぜんぜん難しくない。

 

悠遊卡(ヨーヨーカ)。Suicaのようなカード。これがあれば地下鉄、バスもスイスイ。
空港の自販機でも使えた。残金が残っているけどまた来たいからそのままにしておいた。

 

漢方問屋の街、迪化街の外れの漢方薬店になんとなくの勘で入ってみた。
日本から持参した、自分用の漢方薬の処方箋を書いた紙を店員に見せたら、店員が漢方薬医のおじさんと何やら話をした後、店員が店の奥からそれらしき薬を持ってきてくれた。

 

写真は許可をいただいて撮影。かっこいい。
こういう仕事、したかった。私はずいぶん昔から漢方薬が好きなのである。
薬剤師の免許を取るべきだった。

 

これが欲しかった。日本の半額くらい。助かる。
追加で薬が入り用な場合は台湾から送ってくれるとのこと。

 

永楽布業商場。戦前のレンガ造りの古い建物の中にある布問屋街。
布だらけの景色が果てしなく続く。ユザワヤ何十個分くらいの面積がある。
各店の奥に、似たような佇まいのおじいさんがひっそりと座っている。どの店もそんなに激しく売れている様子はない。
火事になった時、逃げられなそうで心配だ。

 

保安街。

 

保安街の慈聖宮というお寺。うちのベスにそっくり。

 

拝みに来ていた人々の見よう見まねで参拝してみた。
結局手順を覚えきれず、半分自己流で儀式を済ませた。
ノーチェックだったがこのお寺は強力なパワースポットらしい。

 

宿の隣組の家。

のちほど加筆修正したり写真を差し替えます。

TAIPEI③へ続く。


2016-04-27 | Posted in BLOG, TRAVEL, TAIWANComments Closed 

TAIPEI①

茨城空港からV airでFLY。
ある日、茨城⇔台北片道3.980円キャンペーンの広告がtwitterのタイムラインに流れてきて、つい乗っかったまでだ。
結局、渡航希望日の料金はもう少し高くなってしまったが、それでもスーパーひたちで上京するより安い。
私はLCCに乗ること自体初めてで、なんの疑いもなくバゲージ預け料金10kg 1800円や機内食、指定席のオプションを追加したのだが、それを旅慣れている人に話したら「バカじゃないの?!」と言われた。どんなに大荷物でも機内持ち込みで済ませるのが旅人の常識だと。確かに、明らかにサイズも重さも規定オーバーしているだろう荷物を皆さん堂々と機内に持ち込み無理やり頭上の荷物スペースに押し込んでいた。機内食も必要なかった。売店で腹の足しになるものを買って機内で食べれば良かったのだ。次からは気をつけたい。

 

検索してみたら、たとえば5/31は、こんなお値段だった。

 

茨城空港は小さな空港だから出国が早くて楽。
駐車場がタダなのが助かる。またぜひ利用したい。

 

IMG_5772

初めての国。
田園風景、日本と似ているが、よく見ると違う。

 

IMG_5773

空港からバスで台北駅へ。
桃園空港から台北駅までは、高速道路で1時間くらい。

 

台北駅に着いた。巨大な駅だ。

 

果てしなく続く台北駅地下街。この長さは東京駅地下街の比ではない。どこで引き返したらいいかわからず、無駄に歩き疲れた。似たような店が多く、個人的にはやや退屈。
日本のアニメやフィギュア、ゲームの店も多かった。

 

台北駅から歩いて宿に向かうつもりだったが、着いたのが予定より遅い時間になってしまい、土地勘もなく夜道が心配だったため、駅前のタクシープールでタクシーを拾うことにした。
ところが、住所と宿の名前が書かれた地図を客待ちのタクシーの運転手に見せるも「わからない」というリアクションを返され、まさかの3台連続で断られた。こんなことってあるのか。
しかも、私がタクシーの助手席の窓から車内に身体を半分入れた状態で運転手に場所を説明しているのに、そのまま車を発進させて逃げようとするのだから危なすぎだ。客のかわし方、大胆である。

4台目に遭遇したタクシーの運転手(チャーリーワッツ似)はやけにガンガン来る人で、私が見せた住所の紙もよく確認せず「とにかく乗れ!乗れ!」と言う。
よく見ると、車体は他のタクシーと同じ黄色だが「個人」タクシーだった。
バッグに入っている観光ガイドブックに「車体が黄色でも、特定の会社に属していない個人タクシーはぼったくりや犯罪の危険があるので、特に女性は夜1人でそのような怪しいタクシーに乗らないようにしましょう。また、駅のタクシープールの客待ちタクシーも危険。流しのタクシーを選んだほうが安全です。実際、数年前タクシーに乗った日本人女性客が運転手に強姦された事件あり」と書いてあったのを思い出したが、怒号にも似た口調で「早く乗れ乗れ」と言われ、私は連続で乗車を断られ萎えていたせいもあり、勢いにのまれ、そのタクシーに乗ってしまった。
ぼったくりは嫌だったので乗る前に「ハウマッチ」といちおう聞いてみたが英語は全く通じていないようだった。
しかもなぜか後部座席ではなく「助手席に乗れ」と言う。私は素直に助手席に乗ってしまった。疲れていたのだろうか。
そのタクシー運転手は死ぬかと思うほど運転が荒かった。台湾アクションコメディー映画のワンシーンの中にいるようだった。赤信号でも、人が横断していても停まるどころかスピードを躊躇しない。運転手の危険ドラッグ服用を疑った。というか、この人目的地がわかってないのにどこに行くつもりだろう、と、今後の自分の死をいろいろと覚悟した。
窓が、横殴りの雨なのに全開だった。たまらず自分で閉めたら、運転手に開けられてしまった。助手席の私は雨でびっしょり濡れていた。

しかし、なんとなくだが、宿に近い場所までたどり着いているような気がしてきた。あまり治安の良さそうなエリアではない。タクシーは同じ道をぐるぐるまわり始めた。
そういえばガイドブックには「同じ場所をぐるぐるまわってメーターを稼ぐタクシーに注意」ともしっかり記載があった。
私はなりゆきにまかせ、運転手を信じることにした。
やがて、宿のHPで見た覚えのある緑の看板が見えた。
「ここです!マイホテル!」私は指を差し叫んだ。タクシー急停車。
「シェイシェイ、シェイシェイ」と運転手に言うしかなかった。
タクシー料金は安かった。ぼったくりを覚悟していた私は台湾では必要のない「チップ」を加えた金額を渡した。
運転手は特にお礼を言うこともなく最後まで怒った顔で去って行った。

 

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宿泊したドミトリー。
共同部屋でも良かったが、今回はちょうど1室空いていたシングルルームを取った。
戦前の建物が上手にリノベーションされている。

建山大遊社

 

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水回りスペース。上手に作ったなと感心。

 

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ジャッキー・チェンが降ってきそうだった。
右から2番目の建物が宿。
戦前の古い町並みが残る地区だ。漢方薬の問屋街。

 

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宿のすぐそばに普願宮というお寺があった。
大きなお寺ではないが、朝から夜遅くまで寺守のようなおじいさんおばあさんがダラダラと常駐し、参拝者に長い線香を渡したりしていた。
お年寄りが何するでもなくいつでもコミュニケーションを取れるスペースがそこかしこにある。戦前の日本ももしかしてこんな雰囲気だったのか?

 

普願宮。

 

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初日の夕飯はなんの前知識もなくここで食べた。

 

牡蠣炒飯と豚レバースープ。
スープは八角と生姜臭の戦い。

 

寧夏夜市。ここは比較的安全な夜市。

 

下水は、臓物を意味する。

 

 

 

ボコボコしているのは「釋迦」という果物。1個買って、リュックに入れようとしたら「つぶれちゃうからダメ、ナイロン袋に入れて持ち歩いてね」とのこと。
部屋に持ち帰り、手でむしって食べた。
ライチと梨を足して2で割ったような味。甘くて美味。

 

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宿のラウンジスペース。

 

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宿の廊下。

 

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エレベーターはなかった。

 

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宿の並びのコインランドリー。

 

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日本を離れた日にこんな事態に。
さっき九州上空から航空写真を撮りながら、地図と同じ地形に興奮していたばかりだというのに。
もし台北に強い地震が来たら、宿泊しているこの建物はダダ崩れだろう、柱が空き缶で出来ているかもしれない、と震えた。
怖かったのでテレビをつけっ放しで寝た。
それにしても、台湾のテレビのニュースの地震解析と天気予報コーナーの尺の長さと丁寧さに驚いた。
ハワイのざっくりした天気予報とはえらい違いだ。
あとで知ったが、台湾は地震予知と天気予報の先進国なのね。

 

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少しずつ加筆修正していきます。に続く。


2016-04-26 | Posted in BLOG, TRAVEL, TAIWANComments Closed 

台北のレコード屋さんつれづれ。

 

 

台北へ旅してきた。

旅写真は、こちらからどうぞ。→TAIPEI①

まず、レコード探索記を先にまとめておこう。

帰りの飛行機の出発時間が早朝だったので、最終日は台北駅前の空港行シャトルバスターミナルそばのカプセルホテルに泊まった。
旅に出る前、台北駅周辺でレコード探索をした人のブログをたまたま見つけた。それで私も旅の最終日の夜はレコード探索をしてみようと決めていた。

ホテルのチェックインを済ませ、荷物を置いてから、駅前の大通りを一本入ったにぎやかな「許昌街」という通りをぶらぶら歩く。

 

 

「再生工場二手雜貨鋪 站前店」。
「二手」って、たぶん中古という意味なのだろう。
ちなみにアナログレコードは「黑膠唱片」と書くようだ。

 

HARD OFFによく似た雰囲気のこじんまりしたリサイクルショップだ。
CDのほかに、生活雑貨なども。
レコードコーナーは、写真のようになかなかのボリューム。
CDの品揃えは日本盤がほとんどで、地元HARD OFFのCDコーナーと内容さほど変わらず。

 

 

床の段ボール内にもジャンクレコードがたくさん。ほとんど38元(日本円で115円くらい)。
半日くらいかけないと、ひととおりチェックし切れなそうな量だった。
品揃えは、洋楽も含め「台湾盤」が多く、初めて見るものばかりで興味をそそられた。
台湾盤のジャケットは薄い紙とビニールでできていて、質感は大変にチープ。盤も薄め。
私はレコードマニアではないので、こういう時何を探したら良いかよくわからない。
でもせっかく台湾に来たのだからと、台湾の民族音楽、大衆音楽ものを中心に手頃な盤を探した。

 

 

どこにも「中森明菜」という表記がない。裏面には聖子ちゃんが。

 

 

「鄕村排行」は「カントリー」という意味なのだろう。

 

 

洋楽レコードは大量にあった。もっと探せば面白いのが見つかったと思う。

 

 

台湾、中国の歌謡物コーナーもあり。

 

 

これ持ってるわ。

 

 

 

 

 

 

熱心にレコード探しをしていたら、若い男性店員が片言の英語で話しかけてきた。
遅い時間だったので閉店を知らせにきたのかと思ったら、違う様子。
店員は一旦店の奥に消えると、風呂椅子の高いのと低いの2脚を持って現れた。
上の棚は届かないだろうからこの椅子を踏み台に使ってください、ということのようだ。
そして店員さんはレジカウンターの脇に低いほうの風呂椅子を置き、目の前の小さな棚を笑顔で指さした。そこには日本盤の昭和歌謡レコードがびっしり。「日本のレコードいっぱいあるよ。風呂椅子に座ってまずはここのコーナーを探したら?」という親切心だった。
その棚は、まさに、HARD OFF的な、よく見慣れた品揃え。正直なところ私はあまりそのコーナーに興味はなかったので、数分間一生懸命探すふりをしてから風呂椅子2脚を抱え、また台湾盤のコーナーに戻った。
店員によると、最近は台湾の有名なアーティストもこの店にレコードを買いに来るのだそうだ。
笑顔の素敵な話し好きの店員だった。「この店をブログに書いて宣伝してもいいですか?」と聞いたら「どうぞどうぞ」とのお返事。ありがとう、また来ます。

 

↑再生工場二手雜貨鋪 站前店 (台北市中正區許昌街12號2F)

 

 

再生工場と同じ許昌街沿いのCDショップ「5大唱片」を覗いてみた。
店内BGMはGLOBE。

 

 

2Fに上がると、ちょっとだけレコードコーナーが。
ほとんど日本国内盤ではないか。
しかも、地元のやる気ないHARD OFFな品揃え&高めな金額。
買い付け先は、もしやHARD OFFだろうか。
松山千春や、オフコース、さだまさし、チューリップ、稲垣潤一、印旛晃、五輪真弓といったHARD OFF定番な面々が揃っている。

 

 

洋楽もあり。

 

 

シングル盤も置いてあった。日本の昭和歌謡がほとんど。

5大唱片
http://www.5music.com.tw/

 

 

 

同じく許昌街沿い。「大眾唱片」というCDショップを覗いた。

 

 

期待して店に入ったが、クラシックメインのCDショップのようで、アナログ盤は置いていないようだった。
しかしながら品揃えに凛としたこだわりが感じられ、ゆっくり見たら台湾少数民族ものなどの面白いCDが見つかりそうだった。
また、店内のオーディオ設備が素晴らしい。

大眾唱片許昌店
こちらのページが詳しい→http://www.tabitabi-taipei.com/html/data/10381.html

 

 

 

なんか臭う。
わくわくしながら階段を昇った。

 

 

うわ、残念。閉店した後だった。
(年中無休だが15:20~18:30までしか開いていないようなので注意)。

 

 

 

 

こちらのお店情報はまた次回に。

ここに書いたお店はすべて許昌街沿いなので、地図を見なくても、ぶらぶら歩いていればすぐ見つかるだろう。

 

 

再生工場で購入したレコード。

 

ジャケット原本をカラーコピーした紙にサランラップをかけて補強したみたいなジャケット。
音を再生してみたら、普通に素敵なポールサイモンだった。

 

 

昔の台湾歌謡もの。
ヒロシ&キーボーをさわやかにしたような。

 

 

こういうので台湾音楽のがないかなと探したものの、
それらしき盤は結構いい値段がついていたため断念。

 

 

中華系ムードもの。昔のスーパーでかかってそうな音色。
時々ドラの音やコオロギの鳴き声が入る。

 

 

台北1人旅の小さな楽しみをひとつ見つけた感じだが、レコードは意外と重いしかさばるのでLCC利用で荷物を機内持ち込み手荷物10kg以内で済ませたい場合は注意、ということを今回学んだ。

 

2回目の台北レコード探訪記はこちら→台北のレコード屋さんふたたび。

その他、台湾関連記事はこちらからどうぞ。

レコード関連記事はこちらから。


2016-04-21 | Posted in BLOG, TRAVEL, TAIWAN, RECORDSComments Closed 

TOKYO

 

来月出演する池袋ジャズフェスティバルのミーティングに出席。
倍率約2.5倍の難関を潜り抜けた。しかし、フェスのHPをもう少し今風にリニューアルお願いしたい。
Facebookの更新は頻繁だからきっとおじさんが運営しているのだろう。
「アヤトピア with エウロパ・ヒグ」で5/22(日)12:30~出演予定だ。
場所は、ルミネの前の、アイドルがイベントやりそうな自由通路。
駆け出しの頃のE-girlsか、全盛期後のDA PUMPの気持ちでがんばる。

熱いものがこみあげてくる。がんばろう、と思った。
TRIBEの方々ほどダンスがタイトでないのがまたイイ。
 

IMG_5670

歌舞伎町のカプセルホテル泊。バーコードで管理されていた。
周辺は昭和なラブホテルが乱立、人の出入りが生々しいが、普通のホテル感覚で利用している風な外国人観光客の姿も多かった。
ライブの帰り道、ラブホテル界隈をとぼとぼ歩いていたら、中東系の外国人にコールガールと間違われ、50mほどつきまとわれた。
「ワタシ、オカネアル、イッショニホテルハイリマセンカ、オネガイ、イタシマス」
私もカタコトの日本語で「ワタシ、ソレハ、ヤリマセンヨ」と繰り返し断る。
いい人そうだった。

それにしてもチェックアウト翌日のゴールデン街の火事はおどろいた。
泊まったカプセルホテルのすぐ近く。
簡易宿泊施設は常にリスキー。まさかの場合、蒸し焼きを覚悟。
前回、赤坂のカプセルホテルに泊まった時、下の階のテナントがボヤ騒ぎでしばらく入室できなかったことがあった。
チェックイン後もホテル内がガス臭く、ガス爆発するのではないかとヒヤヒヤだった。

 

歌舞伎町らしくない、ビーガン向けの洒落たハンバーガー屋さん発見。
AIN SOPH .rippleという、よくわからない名前の店。
たまたまだったのかもしれないが、お客さんのほとんどが外国人だった。
がっつり「肉」なハンバーガーが食べたくて入ったのに、まさかのビーガン向け。
英語表記だったので気づかなかった。
ハンバーグは大豆を肉っぽい風味に仕上げてある。
オーガニックな味でおいしかったがポテトとドリンクとあわせるとすごくお高い。

 

今の気分。

 

変なおじさんたち。

 

IMG_5546

明治神宮の天使。

 

 

 

 

 

肉バーガーリベンジしたくて表参道の「Teddy’s Bigger Burgers」へ。
ワイキキのカパフル通りのTeddy’s は、毎食ここでもいいってくらいおいしいくて大好き。値段も高すぎず、お勧めのバーガー屋さんだ。
表参道のこちらの店の味は、ワイキキと違い、パティの炭焼きの香ばしさがまったく出ていないようだった。炭焼きしていないのかも?ポテトも心なしかべちゃっとして、残念な感じだった。だけどリピートはありだ。そこまでひどくはない。
ハワイで食べるからこそおいしく感じるというのももちろんあるだろう。ハワイ、行きたい。


2016-04-13 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed 

Rikuzentakata.

 

陸前高田へお墓参りに行ってきた。

 

5年経って、ますます現実を受け止め切れなくなっている自覚あり。

数分で町が海に沈んだ。
そういう話は「月刊ムー」でしかお目にかからない遠い伝説だと思っていた。

震災の4ヶ月前に陸前高田を訪れた時、ここに立ち寄った。ちょうど地域振興のイベントが開催されていて、屋台や出店がたくさん並んでいた。歌や踊りのステージもあった。
その時の人の賑わいが鮮明に焼きついている。

 

 

高い防波堤で水平線が見えない。
クロマツを植林し直す予定はないのかな?
陸前高田はこれからどうなっていくのだろう。

 

 

防波堤の切れ目。

 

 

要谷の亡おじ邸前にて。
津波を免れた松田の親戚の家はこの家1軒のみ。
左の木のすぐ下まで浸水した。

 

 

じいちゃん  作画 by 父。
フリーターの先駆けだったらしい。植木職人がメインの仕事だったとか。
バカボンのパパみたいだ。

 

 

親戚の家を数件まわった。
震災が起きてから最近まで、実はそうとう大変だった、今だから言えるけど、という話を今になって親戚から聞いた。
親戚のほとんどは仮設を出て新しい家で暮らし始めているが、5年経ってもなお仮設住宅は高田のあちこちに点在している。
高田松原近くにあった親戚が経営していた「民宿 沼田屋」は現在米崎で営業を再開している。

http://numataya.3zoku.com/

沼田屋さんがどなたかから預かって持っていたという父の油彩を、額装し直して沼田屋さんに展示するため一旦お預かりすることにした。嘘みたいに状態が良い。作品が流されずに済んだのはラッキーなことだ。タイトルは「冬の海」。

 

陸前高田の、更地になった無人の町なかに、真新しい自民党のポスターの立て看板がポツポツと立てられていて、悪寒が走った。


2016-03-20 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed 

キラウエアをほんの少しと、SUPとの出会いを少し。

キラウエアの遠い記憶。

 

 

火の神ペレの怒り。

 

ホノルル空港を飛び発ってすぐの眼下。

 

美人CA。

 

 

チャイナタウン。多民族の島だから、ヘイト○○○○はもちろんない。
むしろ逆に、白人の人にヘイトされたことが一度あった。

 

だらだらと垂れ流し的に書いてしまうそうなので、やはり後日記事にまとめ直そう。

 

 

帰国してからがっつり体調を崩し、1週間以上寝込んでいた。いや、ずっと寝込んでいた訳でもなく、ライブには普通に出演し、おかげさまで良い感じで歌い終えた。
しかし翌日以降、やはり調子が戻らず。本当は旅の思い出を丁寧に綴ったりしたいのだが、熱が上がったり下がったりでぼーっとしてどうも気力が湧かない。それでも、昨日は来月以降に演奏する曲のデモをいっきに4曲録った。また、詩集を作る準備もしている。

噂には聞いていたが、ハワイ島、おそるべしな気がしている。気軽に日帰りで訪問するべき島ではなかった。
敏感な人は、バリ島もおそるべしらしい。具合が悪くなるらしい。

 

 

今回の旅の、もうひとつの大一番はSUP(スタンドアップパドルサーフィン)。
前々回の「イルカの大群と泳いだ」に匹敵する、人生観が(たぶん)大きく変わった出来事。

 

この後、外海へ漕ぎ出した。
この日のSUPだけでは飽き足らず、翌日も予定を変更してSUP三昧(というのは盛りすぎ。実際は、ダイヤモンドヘッド登山→シュノーケル→ショッピング→SUP)。

 

 

孤高の一寸法師感がたまらない(写真に写っているSUPの人は私ではない)。

写真のSUPの人がSUPしているゾーンは本当はSUP禁止ゾーンらしい。
なるべく海岸に近い場所で漕いでいたら、サーフボードに乗って巡回に来るライフセーバーのお兄さんに「ブイの向こうがSUPゾーンだ、沖へ漕ぎ出せ」と2度注意された。それで仕方なく、SUP OKゾーン(船が見えるあのあたり)までおそるおそるSUPを漕ぎ出した。あそこまで行くと海岸にいる人が点にしか見えない。このまま漂流するのではないかとスリル満点の距離感だ。そして周りには誰もいない。遠浅だがさすがに足はつかない。ちょっと気を抜いて悦に浸っているととんでもない場所まで流され、陸に戻るのが大変になる。

海の上をスイスイとお散歩しながら、最近亡くなった陸前高田の伯父のことを考えていた。飄々とした印象の人だった。伯父は年間漁獲高連続日本一の船に乗る「マグロ漁の神」と言われていた人で、その業界では有名だった人らしい。伯父がマグロの魚群を探りあてる才能に長けているという話は亡くなった父からも聞いていた。引退後は北海道の温泉付き保養施設で暮らし、去年の秋頃は普通に元気そうでうちに電話もくれていたのに、その後すぐ風邪をこじらせたらしく、急に亡くなってしまった。亡父の展覧会のお礼と報告の手紙を伯父に出した、その矢先に、伯父の死を知った。

自分にも伯父と同じ血が流れていることが少しうれしい。

 

 

早速レンタルした。

一刻も早く、また海へ出たい。


2016-02-03 | Posted in BLOG, HAWAII, TRAVELComments Closed 

HAWAII-JAN. 2016④

2016-01-27 | Posted in BLOG, HAWAII, TRAVELComments Closed 

HAWAII-JAN. 2016③

2016-01-27 | Posted in BLOG, HAWAII, TRAVELComments Closed 

HAWAII-JAN. 2016②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2016-01-27 | Posted in BLOG, HAWAII, TRAVELComments Closed 

HAWAII-JAN. 2016①

 

ハワイ、行ってきた。
帰国早々、風邪をひいた。日本、あまりに寒い。
とりあえず写真だけUPしてみた。同じ写真の重複があるかも知れない。
細かいエピソードはまた後日に。ALOHA☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2016-01-27 | Posted in BLOG, HAWAII, TRAVELComments Closed 

ミレニアムファルコンつれづれ。

数週間ぶりで岩手県立美術館へ行ってきた。片道4時間楽勝、もう慣れた。

荒井良二、かなり好きである。

普段から荒井良二さんのイラストのタロットカードを愛用している。

死神や悪魔のカードもイラストが荒井さんのだからあまり怖くない。

 

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「オツベルと象」の原画を見たら涙がポロポロ止まらなくなってダメだった。その後、泣き疲れてぐったり。まず宮澤賢治の原作がすごいということなのだけれど。

今後、泣く必要のある時は「オツベルと象」を思い出そう。

「はっぴぃさん」の出だしのあたりにも自分の涙腺ページあり。泣ける、泣けないの尺度を用いると感想が薄っぺらくなってしまいがちだが、泣けるとうたっている作品で泣けないことも多い昨今、泣ける媒体は貴重だ。

 

絵本と比べると(当然だが)原画のほうが色鮮やかで立体感が感じられた。切り絵の手法を多用しているのも興味深かった。
原画の持つ力強さは、印刷物にするとどうしても薄れてしまうものなのねと思った。

 

この日、18年ぶりくらいでUFOを目撃した。
常磐道下りの相馬上空で。
白くきれいな大きめの円盤が雲より低い高さで東の太平洋側から西の山の影へ、やや上下に蛇行するように飛んでいった。

まず、自分の統合失調症を疑い、今見たものを自分の中でなかったことにしようと思っていたが、あとで何気なく確認したら車の助手席に同乗していた母も実はしっかり目撃していたらしい。

スターウォーズ公開日に合わせての来襲か。

 

自分が見えていないだけで、すでに周辺にたくさんいらっしゃってるんだろうなというのはなんとなく想像できる。霊感でなく、周波数の問題だろう。

まさに、これでした。


2015-12-20 | Posted in BLOG, JAPAN, TRAVELComments Closed 

AMMA 紀行~わかる人にはわかる。

ずっと行きたかった久慈市に行ってきた。自分の中で「あまちゃん」は永遠に不滅である。
あまちゃんが一過性のブームで終わるような作品でないことは、私が言わずともファンの誰しもがそう思っているだろう。
盛岡から車で約2時間。地方のよくある寂れた港町が、クドカンの魔法で一大観光地と化していた。
そうなり得たのは、町の潜在能力があったからだと思う。久慈が「選ばれた」のだ。
海女シーズンが終わり、繁忙期は過ぎたものの、観光客は少なからずいた。
映画のロケに向いてそうな、無個性で、かつ年季の入った街並みを歩くと、「あまちゃんハウス」というあまちゃんの記念館や、さかなクンが絶賛監修した「まちなか水族館」、あまちゃん出演者の皆さんがたまり場にしていたことで有名な「喫茶 モカ」をすぐに見つけることができた。

まずはあの「駅」に大興奮だ。

 

 

久慈駅構内にあのポスターが。あまちゃんの世界に身内が食い込んでいる。感動。

 

久慈駅内に写真撮影用のコスプレセットが用意されていた。
もちろん、使用させてもらった。

 

まちなか水族館の撮影コーナーにて。

 

この写真がいちばん気に入っている。
高倉健と絡みたい。

 

アキでなく、ユイちゃんを意識。

 

海女~SONICステージ。
美保純を意識。

 

久慈駅構内のリアス亭。お約束のうに弁当を買った。

 

わーーー。感動。

 

ドラマそのまま。感動で叫びたい気持ちを胸にしまっての。

 

内部の壁は芸能人のサインや記念写真でいっぱい。
80年代風の昭和な内装。サンドイッチがおいしかった。

 

だいぶ経済的に潤ってしまい、こんな碑まで作りました、な状況がうかがい知れる石碑。

 

ここだ!ここ!

 

大雨が降っているにも関わらずの海の色の綺麗さ。

 

さかなクン監修・生物提供の「まちなか水族館」の充実っぷりがすごかった。

シャッターテナントを利用したと思われる古い建物の中に手作り感あふれる内装。一見、内容も施設水族館風にしょぼいのかなと思わせといて、いやいや展示生物の種類と量の豊富さにおどろきを隠せなかった。熱帯から寒冷地の魚まで、飼育が難しい生き物の展示も多く、かなり本格的だ。タッチングプール、クラゲ関係も充実。私ならここだけで2時間は軽く時間をつぶせる。

 

 

水族館内は、あまちゃんの衣装展示コーナーや記念写真が撮れるセットコーナーがたくさんある。

 

小袖漁港でウミネコ(地元のウミネコよりひとまわり大きい)を眺めながらうに弁当を食べた。
これはおいしい。久慈に行ったら必ず食べるべき。


2015-11-03 | Posted in JAPAN, TRAVELComments Closed 

小岩井農場

2015-11-01 | Posted in JAPAN, TRAVELComments Closed 

神子田朝市

2015-11-01 | Posted in JAPAN, TRAVELComments Closed